第2回
他職種連携?
1997年の冬、在宅主治医の勧めで訪問歯科診療を始めました。
といっても、最初は日曜日限定で多くても3件程度。本業を辞めたわけでもなく、ちょっとしたボランティア活動くらいの気持ちでした。
ところが、これが楽しくて仕方ありませんでした。
患者さんのお宅へ伺うと、ご本人もご家族も大歓迎してくれます。当時30代前半だった僕が80歳、90歳の方を訪ねるのですから、孫が遊びに来たような感覚だったのかもしれません。僕自身おばあちゃん子だったこともあり、訪問診療の現場はとても居心地の良い場所でした。
しかし、もともと「外された入れ歯を入れに行こう」と始めた訪問歯科は、想像以上に奥の深い世界でした。
外来なら、患者さんの訴えに対して治療をすればいい。しかし在宅では、元気で何でも食べたい人もいれば、意識がはっきりせず、ほとんど食べられない人もいます。
「この人にとって何が必要なのか。自分には何ができるのか」
訪問するたびに考えるようになりました。
そんな頃、高齢者への口腔ケアによって発熱が減り、誤嚥性肺炎の予防につながるという研究を知ります。さらに「摂食嚥下障害」という分野にも出会いました。
入れ歯に問題がないのに食べられない。食べるとむせてしまう。当初は歯科の仕事だと思っていませんでしたが、学会に参加すると歯科医師や歯科衛生士が活躍していました。
そこから独学で摂食嚥下について学び、訪問の現場で実践を重ねました。ただし訪問できるのは2、3週間に一度。その日に訓練するだけでは変わりません。そこで、日常生活の中で続けられる方法を考えるようになりました。
訪問診療を始めて3年ほど経った頃、88歳のAさんと出会いました。
Aさんは脳梗塞を繰り返し、口から食べることができず、胃ろうで栄養を摂っていました。奥様との二人暮らしで、訪問看護師さんから「口腔ケアと、少しでも口から食べられないか診てほしい」と依頼されたのです。
口腔ケアや食べる機能の評価、訓練を続けると、Aさんの状態は少しずつ良くなっていきました。
そして3カ月ほど経ったある日、ついにゼリーを一口、口から飲み込むことができました。
「ゴクッ」
その瞬間、横で見ていた奥様が「まぁ!」と声をあげ、Aさんも満面の笑みを浮かべました。久しぶりの「口から食べる」という体験でした。
それから僕が訪問する2週間に一度、Aさんはゼリーを食べるようになりました。
ある日、奥様から言われました。
「先生が来てゼリーを食べさせてくださる。それだけが主人の生きる喜びなんです」
一瞬、褒められたように感じました。
しかし、すぐに違和感が湧いてきました。
僕が来たときだけ食べられる。それは本当にAさんの「生活」と言えるのだろうか。
訪問看護師さんに相談しましたが、通常のサービスだけで時間いっぱい。奥様にもお願いしましたが、「怖くてできない」と言われました。
僕が毎日訪問することもできません。
そこで初めて、自分一人の力ではどうにもならないことを痛感しました。
どれだけ専門的な技術を持っていても、一人の専門職だけで、その人の生活すべてを支えることはできない。
歯医者だけではできないことがある。
だからこそ、その人の「食べる」を一瞬の治療で終わらせず、毎日の生活にしていくために、他職種の仲間が必要なのです。
Aさんとの出会いは、僕に「他職種連携」というものの本当の意味を教えてくれました。